――静かな晩餐の間に突如音が表れたのはきっと僕たちの崩壊を示していたんだと思う。
食器が割れる音、椅子が倒れる重い音、そして喘ぐような助けを求めるような切ない声。
僕と『お父様』と『お兄様』が作り上げていた無関心で失敗を許されないこの空間は事もあろうかお兄様によって壊された。
僕はびっくりしてとっさにお兄様のほうを見た。床に倒れて荒い息を上げるお兄様。僕は近づいていいものか、どうしたらいいかわからなくてお父様のほうを見た。お父様はゆっくりお兄様へ視線をやり、僕が初めて見る笑みを浮かべたのだ。その暗く楽しそうな笑みに僕はなぜか背筋をゾクゾクさせながらとりあえず事を見守ることにした。
お父様がゆっくりフォークとナイフを置き、焦らすように椅子からこれまたゆっくりと腰を上げた。
絨毯をかみしめるようにお兄様のほうへ歩いていき、床に倒れているお兄様へと跪く。

「――ヴァレン、辛いかい?」
「…おと、さま…ぁ」

静かな晩餐の間には二人の囁くような声が響いた。
お父様がお兄様の頬にはりつく髪を取るように優しく撫でると、お兄様はビクリと震えた。

「ぁ、っ、ん…!」
「どうしたのかなヴァレンは」

尋常じゃない様子のお兄様とそんなお兄様を面白そうに見るお父様。

「おとー、さまぁ……!」
「欲しいものがあるならしっかり言葉にしないとね?」

謎のやり取りに僕は呆然として二人を見る。
お兄様は汗ばんで赤かった顔をさらに真っ赤にさせて僕の方をちらちらと見た。

「――レオナルト、こちらに来なさい」

とつぜん呼ばれた僕の名前に肩を少し震わせながら、基本的にお父様に逆らわない僕は椅子から腰を上げて倒れこんでいるお兄様と跪いているお父様の元へ早足で駆け寄った。
「さあレオナルト、具合が悪いお兄様を助けてあげなくてはね」
「はい、お父様――」
僕はお兄様を助けようと息荒く体を震わせているお兄様の肩へ触れたのだが――

「――さわ、るなっ!」

弱々しい力、だけど明確な拒絶で僕の手は振り払われてしまった。
少なからずショックを受けている僕にお兄様は申し訳なさそうに目を伏せた。お父様は面白そうにこのやり取りを見ている。二人の顔を交互に見ながら僕はどうしたらいいのだろうとあまり使わない脳みそをフル回転させていた。

「ヴァレン、弟の手を振り払うとは何事だ?私たちが『家族』として暮らしていくための約束に反しているのではないか?」

そう、僕たちが『家族』と暮らしていくための二つの約束事。
一つ目は家族を裏切らないこと。
二つ目が家族は助け合うこと。
そんな偽善じみた嘘くさい約束事をお父様は僕たちになにがなんでも守らせていて、それでこの『家族』は出来上がっていた。
お兄様はお父様の強い口調に泣きそうになっていた。
さすがに、普段冷静沈着で反抗などしないお兄様がこんな様子なのはおかしいと思い僕は無理にでもお兄様を助けて原因を探ろうと思ったのだ。
……だって僕たちは家族なのだから、助け合うべきだ。
「――お兄様、失礼します!」
僕はお兄様をとりあえず起こそうと背中に手を回した。
「ひぅっ!?」
その、女の子みたいな声にぼくはびっくりする。
お兄様は本当にどうしてしまったのだろうか?
お父様は低く喉を鳴らして笑った。
「お兄様、どうかなさいま――」
「レオナルト、ヴァレンは今はどこを触れても・・・・・・辛いだろう…。まずは苦しそうだから服を脱がせてはあげてはどうだい?」
そう言われればそうだろう。
首元まで隙なく止められているシャツとタイ。体調が悪い身としては辛いだろうから僕はまず服の前を開けてあげることにしたのだ。
タイを解き、シャツのボタンを外そうとするとお兄様は赤子みたいに嫌だという。少し、恥ずかしさはあるかもしれないが僕とお兄様は家族なのだから許してほしい。
体調のせいかすっかり力がはいらない弱々しいお兄様の手を退けて僕はシャツのボタンを全部外すと――

「――え?」
「どうしたんだいレオナルト」

はだけたシャツから、見えたものは――

「お兄様、どういう、こと?」

無数に散らばる痣のような小さな痕と、赤く腫れて肥大化した胸の先端だった。
僕だって、もう子供じゃない。この痕とどう見ても自然になったとは思えないその様子を見れば…どういうことか理解できるのだ。

「見ない、で…!」

いやだと弱々しい手でシャツを閉めようとするお兄様の手は簡単に振り払えてしまう。
女の子より白く透き通った傷一つない肌に散らばるキスマークと淫らなその赤い尖りに、僕はつばを飲み込む。
まだ嫌がっているお兄様を無視してゆっくり手を這わすと、お兄様の身体がびくりと震えた。

「はぁっ、ぁ、ん…!」
「…お兄様、どういうことだよ」

躾けられた口調はどこかに飛んでしまった。絹のような肌を味わうように手を這わし、赤く色づいた胸の先端をキツく捻じると――

「ああぁっ!」

その甲高い嬌声に僕は脳内がブチリと切れるのを聞いた。
びくびくと体を震えさせながら荒い息を吐くお兄様を、誰かに調教されたであろう淫乱なお兄様を、虐めつくしてやりたくなったのだ。
胸の先端を引っ張ったり潰したり、指で弾いてみたりする。そのたびお兄様は女の子みたいな声を上げながら体を震わす。
そして、僕は気づいた。

「おにーさま、ここどうしたの?」

お兄様の股間は紺のズボンの上からでもわかるぐらい濡れて生地を圧していた。
僕はそんなお兄様の姿に、いままでの僕の純情をないがしろにされたような気分になってかなりムカついた。
僕は胸の先端から指先を離し立ち上がって足でお兄様の股間を踏みつける。

「ひぃっ、やめっ、ああっ!」

身を捩って逃げようとするお兄様を僕は逃がさない。
最初は痛みを感じるくらいに強く詰り、次は優しくマッサージでもしてるのかとおもうぐらい強弱をつけて虐める。
息荒く嬌声を上げるお兄様が可愛くて可哀想で僕の息まで荒くなってしまう。
「ほら、ほら、お兄様、いいんでしょっ?この淫乱な雌犬――!」
ああ、あのお兄様が僕なんかの足だけで辱められているかと思うと――!
――ゾクゾク、してしまう。
「このド変態が――!」
イかせてなんかやらない。僕が裏切られた分痛めつけてやる。
そう思って強く股間を踏もうとしたら――

「レオナルト、やりすぎだよ」

いつのまにか僕の背後にいたお父様が、僕の肩にそっと触れた。
瞬間、いままでの行いは何だったのかと思うぐらい僕は冷静になる。

「お父様…お兄様が――」

言い訳するように口を開く僕を遮ってお父様は言った。

「まだヴァレンは痛みじゃ快楽を得られるほど躾けていないからね。レオナルトのプレイじゃイけないよ?」

――ああ、お父様…貴方を、殺してやりたい。
僕のお兄様を汚したのはお父様だった。
あの美しく綺麗なお兄様をこんな雌犬に貶めたということは僕にとって許せることじゃなかった。
ずっと、『家族』になってからお兄様へ恋い焦がれてきた僕の純情を踏みつけるようなことをしたお父様は、許せない。
もう初めては奪われてしまったのだろう。
僕はお兄様を手に入れたら、ゆっくり愛してお兄様が恥ずかしながら純潔を捧げるという未来予想図をずっと夢見てきたのに。
『レオナルト、僕のヴァージン…貰ってくれる?』
なんて、真っ赤な顔で言ってくるお兄様はもう一生見られないのだ。
僕はお父様をきつく睨む。

「おやおや、何を勘違いしてるのかな?」

お父様は謡うように言う。

「――ヴァレンはまだ男を受け入れたことがなくてね…。レオナルトが一番欲しいプレゼントだと思って取っておいたのだが、いるかい?」

その、信じられない言葉に僕は半信半疑でお父様を見た。

「『家族』に私は嘘をつかないよ」
「…『家族』を調教するくせに?」
「躾、と言ってほしいな」

お父様は、心底愉快そうにそんなこと言う。
もし本当にお兄様がヴァージンなのだとしたら、この男に奪われる前に僕が奪ってめちゃくちゃにしてやらなくては。
そんな僕の考えはお父様にはお見通しだったらしい。

「こんなところで初めてを奪われるのも可哀想だからね。寝室に行こうか、私の可愛い息子たち?」

お父様は、悪魔はゆっくりとした口調で僕たち『家族』をもう後戻りできないところまで連れて行ったのだ。
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