「ィ、いたぁッ!」
思いっきり首筋に噛み付いてきた男は、不思議そうにこちらをみている。
「なんだ、甘噛みをするのがマナーではないのか?」
「あ、甘噛み…?」
コイツも吸血鬼かと思うぐらいの噛み方だった。
しかもマナーってなんだマナーって
困惑している俺をよそに男はボソボソとなにかをつぶやいている。
耳を澄ましてみると―
「ステップ2で甘噛み、ステップ3で舐めまわす、ステップ4で胸への愛撫、ステップ5で…」
「き、気持ち悪ッ!!」
こ、こいつまさか…童貞か!?
「お、おまえ…」
「なんだ勇者、今からお前を快感の海へと漕ぎ出してやろうとしているのに」
こいつ絶対童貞だ。
元の世界ではこれでもモテてモテてモテすぎだ男である。おなじ男として童貞には優しいが気持ちの悪い童貞は勘弁なのだ。
しかも今から(認めたくないが)この男に犯される身としてはどう考えても大流血沙汰は免れない。
「―この、童貞の変態マニュアル男がッ、俺に触るなッ!」
「な、なにを…」
男は固まってしまった。同じ男として酷いと思うが自分の身を守るため、なんだって言ってやる。
さらに俺は追い打ちをかける。
「さっきから気持ちわるいんだよッ、セックスは教本じゃなくてフィーリングだってことくらい知っとけよこの童貞ッ!」
「―ぅ…ぁぁあああははははは!」
男はいきなり狂ったように笑い出した。
正直言ってかなりキモいしかなり怖い。
「ははははは…は、はぁぁぁ…」
「お、おい…?」
「そう、…そうなんだよな、私は、童貞なんだよな…」
ポロリ、と雫が落ちてきた。
まさか、泣いているのかこの童貞男?
「童貞…童貞で何が悪い!?」
「逆ギレかっ!」
男泣きからの思わず突っ込んでしまうほどの清々しい逆ギレ
なんなんだこいつは!?
「そうだ、そうだとも…俺は魔界の将軍でありながら生まれてから数百年間童貞だッ!」
「数百年の童貞!?」
言葉に出すとめっちゃ気持ち悪い。
そんなに長生きしてるのにも驚きだがそんなに生きといて一回も女も男も抱いたことがないのが不思議である。コイツに性欲はないのか?
そんな俺の疑問は顔に出ていたらしく男は言葉を続けた。
「…昔は『性欲など不純、真の強者はそんなものはもたない』などと抜かしてかっこつけていた…しかし、この年になって俺は猛烈にセックスしたいッ!」
…思春期、だったのだろうか。
今の状況としては14,15の頃は性欲を嫌がっていたが25らへんを超えたらそんな考え童貞様様だったということに気づいたが時すでに遅し…といったところか。
こういうタイプは周りにはいなかったので俺も反応に困る。
「…だったら適当に娼館でも行けばいいじゃないか。何が悲しくて初めてを男に捧げるんだよ」
―お前の童貞なんていらないわボケ
という気持ちを込めて少し優しい声で言ってみる。
「…お前は、人間だが醜くはないな…」
「は?」
男は意を決したように話し続ける。
「俺は女でも男でもいざ事を始めようとすると緊張しすぎて勃たなくなってしまった」
「それは…可哀想に」
内心爆笑の渦だ。
「だが、神の加護を持つお前になら勃つ」
「…神の、加護?」
先程男がこぼした言葉、『神の加護』といういかにも勇者らしいモノ
神の加護とこの男のアレが勃つ勃たないに何が関係あるのだろうか。
「…教えてやろう。神の加護は勇者のみが持つ特権だ。内容は強力な再生力と…魔のモノたちを引き寄せる無自覚のフェロモンだ」
「…意味がわからない」
なぜそのようなものが必要なのか、『勇者』とはなんなのか
あの胸糞悪い吸血鬼は「魔王様の精を受け止め魔力を循環させる」など言っていたがなぜそのようなことをしなければならないのか。普通は勇者は魔王を殺すのではないか?
「もともと勇者は愚かな人間が召喚していた魔王様への刺客であったが今では人間側は完全に降伏し条約の一つに魔王様と対となる魔力をもつ勇者を生贄に捧げることとなっている」
呆然とする俺を置いて男は続けた。
「魔王様はお力が強すぎる。つまり魔力量が多すぎて不調を起こしてしまうのだ…それを世界にたった一人の光の魔力をもつ勇者が魔王様と交わり精を受けることによって魔力を循環させる、お前はそういった存在だ」
俺は、なんでこんな目に遭わなくてはいけないのだろう。
つまり、本当にあの吸血鬼が言ったように俺はただの性欲処理の人形としてその魔王の不調を直さなければならない…男に、犯されていきなければならない。
――そんな惨めな思いをするぐらいなら
「無駄な事を考えるな。お前は魔王様が飽きない限り死ねない、魔王様の所有物なのだ」
「そんなことって、ないだろう…」
人間、本当に落ち込むと陳腐なことしか言えなくなるらしい。
話を聞く限り本当に俺は魔王の人形だ。
黙りこくってしまった俺を男は押し倒す。
男が首筋に痛く噛み付いてきてざらざらとした舌で舐めていく感触、男の手が妖しく体を撫で回す感覚に俺は諦め気味だった。
「…少しは優しくしてやる」
「余計なお世話だな童貞」
たどたどしい愛撫がなんとか身体の興奮を呼び覚まし始めた頃――
「将軍、魔王様からの伝言ですよ」
あの、霧雨のようなどこかつかみどころのない声が聞こえた。
男の手が止まる。
「なんのようだエリクティウナ」
「『存外今回の勇者は気に入っている。私の所有物に汚れをつけるつもりなら飽きてからにしろ』とのことです」
いつのまにか、俺と男が絡み合っていたベットの脇に細身の白銀の髪の男が居た。
そいつの服装はまるで執事のような……
「…魔王様のお言葉ならしょうがない。勇者、殺されぬようにしろよ」
男は驚く程あっさり身体の上からどき衣服を整えた。
俺はそんな様子を軽く息を乱しながら見ていた。
「―将軍、言葉にはご注意を。一歩間違えたら魔王様への反逆として首を刈り取ってしまうかもしれませんから」
「たかが側仕えのお前にしてはなかなか気の利いたジョークだ」
そう言う男だったが、驚く程の殺意を放つ。
しかしすぐに飽きたのか男は部屋を去っていった。
「さて勇者、今夜も魔王様の精を受けてもらいます。この短時間に二人も寝台に連れ込むとはなかなか色好みらしいですが…あなたは魔王様の所有物だということをお忘れなく」
そう言って男は嫌味っぽくニィ、と微笑んだ。
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